ジャガー・ルクルトを代表するアラームウオッチ“メモボックス”。
メモボックスと言えば、1950年代に誕生し、度重なる改良を続け、いまなお製造が続けられているジャガー・ルクルトを代表する名作シリーズだ。こちらは1970年代に製造されたメモボックスで、自動巻きムーヴメントCal.916を搭載している。
文字盤は珍しい2トーンカラーのダイアルを採用し、メモボックスの顔とも言える回転ディスクはエイジングが進み、味わい深いブラウンカラーへと変化している。こういった文字盤は “トロピカルダイアル”と呼ばれ、愛好家たちの間で広く好まれている。経年変化が生み出す柔らかな色味と、侘び寂びを感じさせる風貌が時代を感じさせる。また、9時位置に“JL”のアプライトロゴが配された珍しいレイアウトのダイアルデザインも見逃がせない。
メモボックスは手巻きのCal.489から始まり、アメリカ市場での自動巻き需要に応え、バンパーオートマチックのCal.815へと発展していった。これらのキャリバーは、音を反響させるために裏ブタに立てたピンをムーヴメント内部に搭載されたハンマーで叩く構造を採用していたのだが、裏ブタを決まった位置で固定する必要があったため、ねじ込んで固定するスクリューバック式のケースを採用できなかった。さらに、全回転式のローターを採用しようとしても、ピンがローターに干渉してしまうという欠点があった。
この問題を解決したのが、今回紹介するCal.916を搭載したメモボックスだ。Cal.916は中心が空洞になった全回転ローターを載せ、その空洞に裏ブタのピンを通す設計を採用している。これにより全回転ローターを採用しながらも、スクリューバック式の採用を可能にしたのだ。 1970年代の自動巻きでは、通常の輪列と同じレイヤーに自動巻き機構を納める薄型の設計が主流であった。しかし、メモボックスはアラーム用ゼンマイとハンマーが多くのスペースを占有していたため、自動巻き機構を輪列と同一のレイヤーに納めることができなかったのだ。そこで、コンパクトで巻き上げ効率の高いマジックレバー(に似たラチェット式の構造)を採用することで、アラームのハンマーに干渉しない、自動巻き構造を実現した。このローター直下からマジックレバーをオフセットさせたレイアウトは、セイコーのCal.7S(Cal.70系)にもよく似た構造であった。 アラーム時計にこだわったジャガー・ルクルトの熱意と工夫、試行錯誤が感じられる、名作と呼べる1本なのではないだろうか。
文◎LowBEAT編集部
【写真の時計】ジャガー・ルクルト メモボックス Ref.875.42。SS(37mm径)。自動巻き(Cal.916)。1970年代製。69万8500円。取り扱い店/BEST VINTAGE