【オメガ・グローブマスター】見た目は“コンステ”そっくりなのに名前が違う謎

2024/11/14
by 堀内 大輔

オメガは当初、自動巻きムーヴメントの性能に対して懐疑的だったといわれる。しかし、ロレックスの成功を受けて、その必要性を痛感し1942年に自動巻きムーヴメントの開発に着手。翌年、同社初の自動巻きムーヴメントを完成させた。
同社がいっそう自動巻きモデルの開発に注力するようになるは、創業100周年記念として製作した自動巻きモデル“センテナリー”(1948年)の成功以降である。その後、52年に自動巻きモデルの最上級ラインとして“コンステレーション”コレクションを発表した。

そのすべてがクロノメーター仕様として展開され、高精度を誇ったコンステレーションは、今日アンティークオメガを代表するモデルとして認知されている。

今回取り上げるのは、そんなコンステレーションの北米市場向けモデル“グローブマスター”だ。
なぜ異なるモデル名が付けられたかというと、そこには“ある事情”があった。

その事情とは、当時、北米市場ではすでに“コンステレーション”という商標が他社によって登録されていたために使えなかったというのだ。
ちなみに初期に北米市場に流通したもののなかには、見た目はコンステレーションそのものでありながらモデル名の記載がない個体もごくわずかに確認されている。

商標権の問題は1956年に解決したといわれるが、“グローブマスター”名はその後も一部のモデルで使い続けたようである。ただ、全体としての製造数は圧倒的に少なかったようで、今日、愛好家から珍重されるアンティークオメガのひとつだ。

【商品詳細】GF×SS(33mm径)。自動巻き(Cal.501)。1950年代製。38万5000円。取り扱い店/プライベートアイズ ショップページに移動


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【クロノグラフ時計のインダイアル】三つ目スタイルが主流となった背景には戦争が大きく関係するってホント?

2024/11/13
by 堀内 大輔

1950年代のホイヤー。三つのインダイアルは、30分積算計(3時位置)、12時間積算計(6時位置)、スモールセコンド(9時位置)となる(写真◎プライベートアイズ)



業界唯一のアンティーク時計の専門誌「ロービート(LowBEAT)」編集部が毎週水曜日にお届けしているアンティーク時計初心者向けの入門記事。今回はクロノグラフ時計のインダイアルについて取り上げる。

インダイアルとは文字盤上に設けられた小さい円の中に目盛りと小針を備えたもので、当初クロノグラフ時計といえばストップウオッチ機能に連動する30分積算計と、もうひとつは秒針の役割となるスモールセコンドの二つを装備した二つ目クロノグラフが一般的だった。

対して現代のクロノグラフ時計というとロレックスのデイトナのように文字盤上にインダイアルを三つ装備した三つ目クロノグラフが一般的となっている。このようにインダイアルの主流が二つから三つに変わった背景にはある歴史的な出来事が大きく関係している。その出来事とはズバリ戦争だ。

以前に書いた「クロノグラフの腕時計化を加速させた戦争、それを牽引したバルジュー社」(関連記事参照)でも触れたように腕時計型のクロノグラフは戦争とともに目覚ましく進化していったといっても過言でない。つまり、いまのようにコンピュータのなかった時代に任務を遂行するには腕時計は重要な道具だったのだ。



1930年代のレマニア。二つのインダイアルは、30分積算計(3時位置)、スモールセコンド(9時位置)となる(写真◎ケアーズ)


ではインダイアルが三つになってどう機能的に変わったのかというと、二つ目は30分積算計とスモールセコンドだったが、そこに三つ目として12時間まで計測できるもうひとつの積算計、つまり12時間積算計が追加されたことで長時間の計測が可能となったのである。

この12時間積算計が初めてクロノグラフ時計に装備されたのは1936年のこと。ただ12時間もの長い時間を稼動させる動力源の問題など技術的には容易なものではなかったため40年代までの多くは二つ目スタイルだった。

そんな12時間積算計の必要性を示したのが第2次世界大戦での爆撃機の存在だ。しかも航続距離がかなり伸びたことから長距離爆撃が可能となり、それに伴って12時間積算計は長時間飛行する爆撃機のパイロットにとっては重要なツールとなったのである。そして50年代から現代に至るまで12時間積算計を装備した三つ目スタイルがクロノグラフ時計の主流となったというわけである。


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【U.S.ARMYの刻印が入ったリアルミリタリーウオッチ】40年代に製造されたロンジン“ウィームス”

2024/11/12
by 堀内 大輔

アメリカ海軍大佐であり航空航法の第一人者だったP.V.H.ウィームスが1929年に考案し、ロンジンが時計として具現化した通称“ウィームス・セコンドセッティングウオッチ”と呼ばれるパイロットウオッチ。これは、一般的な3針で秒針の動きを止めることなく正確な経過時間を計測するために、“秒目盛り自体を動かす”という方法を取り入れた、当時としては画期的な腕時計だった。

当初のウィームスウオッチは、文字盤の中央にディスク式の秒目盛りを備え、そのディスクを回転させて計測するタイプだったが、後に小型化に加え、目盛り付きの回転ベゼルタイプに改めている。

今回取り上げるのは後者、第2世代に分類されるウィームスウオッチだ。
このタイプのウィームスウオッチは民生品がほとんどだったようだが、一部はアメリカ軍(タイプA-11)やイギリス軍(マーク7A)に納入された実績を誇っている。この個体は、まさしくアメリカ陸軍航空隊のパイロットに支給されたリアルミリタリーウオッチで、裏ブタに記されたアメリカ軍の管理コード、そして軍用として文字盤にブランド名すら記されていない点などがその証だ。
また裏ブタの刻印からはさらに詳しくこの個体の来歴を知ることができる。
“U.S.ARMY ARMY A.C.”はアメリカ空軍の前身にあたるアメリカ陸軍航空隊、“40-8”というシリアルナンバーは供給年“1940年”の“8番目”という意味だ。

ちなみに、1927年に世界初の単独大西洋無着陸飛行に成功した飛行家リンドバーグは、このウィームスウオッチの存在を知って、測位機能をもたせた“アワーアングルウオッチ”のアイディアを思いついたといわれている。


【商品詳細】ロンジン。タイプA-11 ウィームス アメリカ陸軍航空隊。クロムメッキ(27.5mm径)。手巻き(Cal.10.68N)。1940年代製。28万円。取り扱い店/キュリオスキュリオ ショップページに移動

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【冒険家・植村直己氏の相棒】セイコー ダイバーズウオッチの歴史に名を刻む傑作

2024/11/11
by 堀内 大輔

1965年4月、セイコーが150m防水仕様のダイバーズウオッチを発表した。
これが、国産初の”本格”ダイバーズウオッチとして広く認知されている。
ちなみに、あえて“本格”の部分を強調したのは、64年にオリエントからいち早く“ダイバー”の名を冠したモデルが登場しているからである。こちらは回転ベゼルを備えるなどスタイリングはまさにダイバーズウオッチだったが、防水性は40mほどだった。

その後、セイコーのダイバーズウオッチは67年に300m防水を実現した“プロフェッショナル 300mダイバー”を、75年には600m飽和潜水仕様のモデルを投入するなど急激な進化を遂げることとなる。

今回取り上げるのは、そんなセイコー ダイバーズウオッチの歴史のなかでも、“植村ダイバー”の通称で知られる150mダイバーの2ndモデル、Ref.6105-8110だ。
いわゆる“スキンダイバー”を改良した1stモデルに対して、2ndモデルではケースデザインを刷新。トノー型のケースフォルムに加え、搭載ムーヴメントも自動巻きの61系キャリバーに改められている。1968〜76年まで製造されたが、70年頃を境に仕様が変更されており、前期・後期に分類される。見分け方としてはリューズガードが追加されたのが後期だ。
“植村ダイバー”の由来でもある、冒険家・植村直己が北極圏1万2000kmの距離を犬ぞりで走破した際に着用していたのはこの後期モデルであり、その過酷なチャレンジをサポートした傑作なのだ。

【商品詳細】SS(41mm径)。自動巻き(Cal.6105B)。1975年頃製。28万6000円。取り扱い店/Watch CTI ショップページに移動



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ロレックスの兄弟ブランド【チューダー】と【チュードル】はどっちが正解?

2024/11/08
by 堀内 大輔

古くからの時計ファンには“チュードル”と呼ばれてきたチューダー。
なぜ呼び名が二つあるかというと、チューダーは日本での正規販売ルートが長らくなかったことが関係している。
ブランドのローンチ以来、1970年代の一時期に存在した日本の正規代理店では“TUDOR”を日本語で“チュードル”と呼称し、2018年に日本での正規販売が再開された際に”チューダー”の名を用いたため、二つの呼び名があるというわけである。ちなみに同じ理由で、ロレックスもかつて日本では“ローレックス”と呼ばれていた。

先述のとおり、チューダーは日本での正規販売ルートが長らくなかったため、流通量も多くはなかったが、時計ファンからすると知る人ぞ知る名ブランドであり、実際に過去には何度かチューダーのブームも起きている。

ロレックスのディフュージョンブランドとしてハンス・ウイルスドルフが創設したことで知られるチューダーだが、その創設は1926年と意外に古い。52年には防水性に優れたオイスターケースと、自動巻きパーペチュアル ローター機構を搭載した“プリンス”を発売。ロレックスの重要な機構を継承したこのモデルは、グリーンランドに赴くイギリス海軍の探検隊に供給され、ブランドの信頼性を大きく高めることに成功した。

さらに54年にはブランド初のダイバーズウオッチ“オイスター プリンス サブマリーナー”を開発。当初100mの防水性能を備えたこのモデルは、その後に200mの防水性能を備えた“ビッグクラウン”に発展し、フランス海軍やアメリカ海軍に採用された実績をもつ。さらに70年代にはクロノグラフも製品化され、ラインナップは大きく拡充していった。

チューダーはロレックスの堅牢生を担保するオイスターケースを採用しつつ、ムーヴメントはエボーシュの汎用機を搭載することでコストを抑える手法で、ロレックスよりもリーズナブルな製品を展開していった。アンティークモデルはロレックスと共通パーツも多く、デザイン的にも似通ったモデルが目立つが、ディテールの違いが時計ファンの心をくすぐる。特に1960~80年代のスポーツモデルは珍重され、モデルによってはロレックスと遜色ないレベルの高額で取り引きされる例もある。

日本では1990年代にチューダーが注目されてちょっとしたブームになったことがあった。ロレックスと同じような仕様ながら価格が安いということで、古着のような感覚でアンティークのチューダーを買い求める人が多かったのだ。特に針の形状から“イカサブ”と呼ばれたサブマリーナーや、ロゴに薔薇が入った“薔薇チュー”と呼ばれた個体は人気が高かった。いまでも薔薇ロゴは人気が高いが、この時代にリダンされて書き加えられたダイアルも多いため、購入時には注意が必要だ。

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【往年のIWCを象徴する傑作ムーヴメント】技術者も太鼓判を押すペラトン自動巻きに注目!

2024/11/07
by 堀内 大輔

パイロットウオッチのマークシリーズや、耐磁時計のインヂュニア、ダイバーズウオッチのアクアタイマーなどの傑作を生み出してきたIWC。これらアイコンにも共通しているとおり、1940年代以降、同社ではとりわけ堅牢な設計を好んだことから、今日、“質実剛健”というブランドイメージが定着している。

堅牢設計を追求したのは、ムーヴメントも然りだ。
なかでも、オールドインターを象徴するムーヴメントと言えるのが、1950年に発表された“ペラトン自動巻き”である。合理的な設計による堅牢さと優れた精度を両立したペラトン自動巻きは、発表以降、改良を加えながら70年代後半まで生産されており、アンティーク自動巻きムーヴメントの傑作のひとつにも数えられている。

当時IWCはこのペラトン自動巻きを先述のインヂュニアやアクアタイマーといった、いわゆる役モノだけなく、様々なモデルに搭載した。
今回取り上げるのもそのひとつで、70年代に流行したオーバル型のケースに、ブルーカラーの文字盤を組み合わせたレトロポップな雰囲気が魅力となった1本だ。

ペラトン自動巻きの最終形であるデイト表示付きのCal.8541Bを搭載していることに加えて、ケースはミドルケースと裏ブタが一体になったワンピース構造で気密性を確保しており、実用性が高い点もうれしい。

【商品詳細】SS(40×35mm径)。自動巻き(Cal.8541B)。1969年頃製。24万2000円。取り扱い店/モンテーヌサカエチカ ショップページに移動


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ロレックスのヴィンテージ感際立つ二つのGMTマスター。100万円以上の価格差はなぜ?

2024/11/06
by 堀内 大輔

業界唯一のアンティーク時計の専門誌「ロービート(LowBEAT)」編集部が毎週水曜日にお届けしているアンティーク時計初心者向けの入門記事。前回は「【販売されているロレックスに「リダン」と書いてある】これってニセモノじゃないの?」と題して文字盤に手を加えた「リダン」品について取り上げたが、文字盤以外にもアンティーク時計には最初に販売された状態とは違う仕様で販売されていることはよくあることだ。ここに取り上げたGMTマスターもそんな代表的なもののひとつである。

これは、編集部が運営する当サイトに最近アップされたGMTマスター、Ref.1675(協力◎ジャックロード)である。1965年製で光沢感のある人気のミラーダイアル後期型で青赤のペプシベゼルがかなり褪色したヴィンテージ感漂う1本だ。


一方でもうひとつの下写真(協力◎ジャックロード)はその10年後の1975年に製造されたマットダイアルのGMTマスター、Ref.1675だ。ここまでの褪色はなかなかみたことがない。とても珍しいのではないか。


価格は前者が税込295万円。対して後者が408万円。本来であれば年代的にも前者が高額であってもおかしくはないのだが販売価格は300万円を切る。

理由は最初に販売されたときと同じオリジナルの仕様かどうか。後者は当初のオリジナル性が高い個体。対して前者は、その商品情報を見るとドットインデックスと針の夜光の盛り直しや24時間針の交換。さらにブレスレットは新品に交換されていると書かれている。つまり当初の仕様とは違う変更が加えられているからだ。

腕時計のアンティークの場合はオリジナル性が高いかどうかが価値を左右する。特にロレックスにおいてはGMTマスターだけでなく他のモデルも含めて70年以上もの間、モデルチェンジを繰り返しながらも現代まで生産され続けていることもあって、年代ごとの違いなどその当時のオリジナル性が最も重要視されるというわけだ。

だからと言って前者はダメかというとそういうわけではない。オリジナル性にこだわらないという人であれば、一部交換されているとはいえ文字盤やベゼルの雰囲気などなかなか魅力的。選択肢としてはありなのではないか。



【かつてロレックスやパテック フィリップも!】多くの時計ブランドにクロノグラフを提供した名門バルジュー

2024/11/05
by 堀内 大輔


時計ブランドにムーヴメントを供給する専業メーカーは“エボーシュ”と呼ばれる。アンティークウオッチにはエボーシュ製のムーヴメントを搭載した個体が多いが、特にパーツ数が多く、高い製造技術が求められるクロノグラフとなるとそれが顕著だった。クロノグラフのエボーシュメーカーではレマニア、ヴィーナス、ランデロンなどが知られているが、なかでも人気が高いのがバルジューだ。

バルジューのムーヴメントは設計のバランスが良く、機能性・耐久性にも優れていた。リセットハンマーなどはやや細めのデザインだが、それで壊れやすいということもない。バルジューは第1次世界大戦期の1914年に、初の腕時計用クロノグラフCal.22を開発。ストップウオッチという作戦遂行には欠かせない機構をもった腕時計は、軍用として需要が一気に高まった。現存する当時のバルジュー搭載機も、ミリタリーウオッチが多く見受けられる。
また当時バルジューは、ロレックスやパテック フィリップといったメジャーブランドだけでなく、マイナーブランドにもムーヴメントを供給していた。こうしたマイナーブランドのクロノグラフは、性能は遜色ないながらも価格は手頃なことが多く、おすすめだ。


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【ロレックスで30mm径の小顔モデル!】往年のスピードキングに注目

2024/11/04
by 堀内 大輔

1930年代半ば以降、ロレックスは手巻きモデルを拡販すべく、オイスターコレクションにいくつかのペットネームを与えた。有名なのはバイセロイやエアキング、そしてプリンスなどだが、ほかにも様々な種類がある。

今回取り上げるのは、そのひとつであるスピードキングで、1940年にリリースされたといわれる。その名の由来はよくわかっていないが、共通するのは約30mm径という小振りなケースが採用された、いわゆるボーイズサイズであったこと。
また文字盤は様々なデザインのバリエーションが展開されており、40年代にはベンツ針に飛びアラビアインデックス、50年代になるとアルファ針に砲弾インデックスというように年代特有の組み合わせが多く見られた。クラシカルで愛らしいフォルムが魅力的な1本だ。

【商品詳細】ロレックス。スピードキング。Ref.4220。SS(30.5mm径)。手巻き(Cal.10 1/2)。1940年代製。52万円。取り扱い店/セレクト ショップページに移動

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【ジェンタ作品いくつ知ってる?】かつてセイコーの腕時計も手がけた時計デザインの巨匠

2024/11/01
by 堀内 大輔

1954年に誕生したポールルーターは後に様々なバリエーションが展開された。写真はそのひとつでアラビアとバーインデックスをもつポールルータージェットである

ジェラルド・ジェンタはラグジュアリースポーツの金字塔とも言えるオーデマ ピゲのロイヤル オーク、パテック フィリップのノーチラスのデザイナーとして知られる時計界の巨匠だ。時代に先駆けた独創的なセンスを発揮し、多くのブランドでアイコニックな作品を手がけ、時計界のピカソと称されるほど高い評価を得てきた。

1931年にスイスで生まれたジェンタは、当初はジュエリーデザイナーを目指していたが、程なくして時計デザイナーに転身。彼がその名を知らしめることになった最初の作品は、ユニバーサル ジュネーブのポールルーターだ。

当時のスカンジナビア航空は、アメリカ西海岸と北欧を結ぶ路線を距離短縮したかったが、冷戦下にあった時代ゆえにシベリア上空を飛行することができず、やむなく北極上を飛行するルートを模索するしかなかった。しかし北極は磁気の影響が凄まじく、スムーズな飛行のために耐磁性に優れたパイロットウオッチが求められていた。

ポールルーターはこの厳しい要求に応えて生まれた時計だ。薄く小型化するために、ムーヴメントの動力源であるローターを従来の1/4ほどのサイズに抑えたマイクロローターを採用(最初期は半回転式ローターを採用)。デザインを依頼されたジェンタ(当時23歳)は、マイクロローターを生かしたスリムで装着感が良く、しかも耐磁性に優れたケースを生み出した。ツイステッドラグのラインに、ジェンタらしい優美さを見出すことができる。ジェンタはこのほかにホワイト シャドウなど、様々な名デザインをユニバーサル ジュネーブに提供している。

時計業界で大きく名を売ったジェンタは、1960年代後期から70年代にかけて多くの時計ブランドからデザインの依頼を受ける。フリーランスで活躍するスターデザイナーの走りともいえる存在だったのだ。前述のロイヤル オークやノーチラスのほか、オメガのCラインケース、IWCのインヂュニア、ブルガリ ブルガリなどがその代表作だ。

潜水艦や機関車といった乗り物をモチーフにした自由な発想、エルゴノミックに基づいた有機的なデザインは、数十年の歳月を経た現在も各ブランドの主要ラインとなっているほど先駆けたものだった。1972年には自身の時計ブランドを創設しているが、そこではディズニーキャラの時計を手がける茶目っ気や前衛性も発揮していた。

ジェンタ自身は2011年に死去してしまったが、彼の作品はいまでも時計市場で高い人気をキープしている。アンティークモデルにもその作品は多いが、時代を超越したデザインゆえに、いまの時代でも違和感なく使うことができる。


【狙い目は流通も豊富なオメガ Cラインケース】